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もしサイレンススズカが無事だったら天皇賞とジャパンカップとアメリカ遠征はどうなっていたか

こんにちは、ロージーライフです。

「サイレンススズカがもし無事なら。」競馬好きなら一度は考えたことがあるタラレバだろう。

タラレバなんて言ってもしかたない、という人もいるかもしれないが僕はタラレバこそ競馬の根源的なロマンだと思っている。

今日はサイレンススズカが無事なら天皇賞でどんな走りを見せたのか?

また、天皇賞の後も現役を続けたらどんな成績を残したのか?

ロマン溢れるこの問いを一緒に検証してみようではないか!

幻の残り800m

公式が出しているサイレンススズカが競争中止するまでの天皇賞のラップはこちら。

ラップ13.0 – 10.9 – 10.7 – 11.2 – 11.6 – 12.0
ペース13.0 – 23.9 – 34.6 – 45.8 – 57.4 – 69.4

サイレンススズカが「残り800mを何秒で走れたのか」を考えてみよう。

サイレンススズカの最後のレースとなった1998年の天皇賞秋の1000メートル通過タイムは57秒4である。これはあまりにも無謀とも言えるペースでちょっと常識では考えられない。サイレンススズカが勝った1800mの毎日王冠の1000m通過が57秒7だから、これよりも早いのだ。

果たしてあのままペースを落とさずに走り切れるものだろうか。。

サイレンススズカが故障を発生したのはゴールから700m地点。

これまでのレースがそうであるように、残り600~800mの地点では息をいれるように少しだけペースを落とす傾向があり、実はこの天皇賞では1000mを57秒4で通過後、その後の200mは12秒0と息を入れている。
3ハロン目の10秒7からずっとペースを落としてきているので、この区間も12秒2~12秒4になると予想。

ちなみに前年の天皇賞でのサイレンススズカのラップは1000mを58秒5で通過後、12秒1→12秒4となっている。
なのでここも前年よりコンマ1秒速い12秒3で計算してみる。
もちろん12秒0~12秒2で行くことも全然あり得るのでやや控えめの予測かもしれないけど、現実的に無理のない範囲で考えてみよう。

さて次はラスト3ハロンが何秒で走れたのかを考えてみる。
まずはサイレンススズカの上り3ハロンの時計をまとめてみよう。

1000m通過2着馬の上がり3ハロン上り3ハロン
バレンタインS
東京1800
57秒8ホーセズネック
35秒5
サイレンススズカ
36秒0
中山記念
中山1800
58秒0ローゼンカバリー
37秒3
サイレンススズカ
38秒9
小倉大賞典
中京1800
57秒7ツルマルガイセン
35秒2
サイレンススズカ
36秒4
金鯱賞
中京2000
58秒1ミッドナイトベッド 
36秒2
サイレンススズカ
36秒3
宝塚記念
阪神2200
58秒6ステイゴールド 
35秒3
サイレンススズカ
36秒3
毎日王冠
東京1800
57秒7エルコンドルパサー 
35秒0
サイレンススズカ
35秒1
天皇賞
東京2000
57秒4オフサイドトラップ 
36秒0
サイレンススズカ
???

サイレンススズカは得意とした左回りのレースでは、逃げているにも関わらず上がり3ハロンのタイムも上位のタイムで走り抜けるから驚きである。

これらのデータから天皇賞のサイレンススズカの上り3ハロンのタイムを予測すると36秒前後で走れたと考えても良さそうだ。毎日王冠と天皇賞を走った馬たちの上り3ハロンを見てみると最大0.9秒の差が生まれているので、サイレンススズカもそれを適用して36秒0で走ったと仮定しよう。

毎日王冠ラスト3ハロン天皇賞ラスト3ハロン
サンライズフラッグ35秒236秒0(+0.8)
ランニングゲイル36秒236秒6(+0.4)
テイエムオオアラシ36秒337秒2(+0.9)
サイレンススズカ35秒136秒0と仮定

つまりサイレンススズカの走れなかった残り800m。
彼は48秒3で走ることができたのである!

天皇賞の走破タイム

ここから天皇賞の走破タイムを導き出すと・・・

サイレンススズカがゴールするタイムは1分57秒7である!!!

オフサイドトラップの勝ちタイムは1分59秒3なので1秒6(着差にすると約10馬身差)もの大差をつけ圧勝することになるのだ!

その圧巻のレース内容をCGで再現したので、ぜひ見ておくれ!!

「意外と現実的なタイムだな」と感じた人もいるかもしれないけど、これでも当時のレースレコードの記録になるんだよ。もし残り600~800mの区間を12秒0で上がり3ハロンを35秒8などで走っていたと仮定した場合は1分57秒2になる計算で、これも十分あり得ると思うけどね。

その後の成績

ここからはどうしても妄想全開のファンタジーになっちゃうけど一緒に楽しもうではないか。

さて、天皇賞を圧勝後の次走はどこに向かっただろう?

「ジャパンカップに進んだ」「いや、ジャパンカップは考えていなかった」

「11月のアメリカのサイテーションハンデに登録していた」

なんて噂もwikipediaで見られる。

「アメリカ遠征を考えていた」というのはたしかなので、ジャパンカップに進み、次の年にアメリカ遠征を計画する。という流れで考えてみよう。

武騎手がインタビューでこう答えているしね。

「今でも不意に思い出すことがあります。あんなことになってなかったらなぁって。天皇賞は間違いなく勝っていたんだろうなぁとか、そのあとのジャパンカップはとか、ブリーダーズカップも行っていただろうなぁとか。」

Number webより引用

ジャパンカップに出走していたら

1998年のジャパンカップはエルコンドルパサーが勝ち2着にエアグルーヴ、3着にスペシャルウィークとなっているけど、ここにサイレンススズカがいたらどんな結果になっただろう。

ひとつ大きな点は「実は武騎手はこのレースに乗っていない」ということである!

なんとアドマイヤベガの新馬戦の斜行で騎乗停止になっているのだ!

そもそもエアグルーヴがエリザベス女王杯からジャパンカップ出走を早くから予定していたので、恐らく先約を優先する武騎手は何事もなければエアグルーヴに乗っていたものと思われる。そうなるとサイレンススズカは宝塚記念と同じく南井騎手になっていたのかも。

もうひとつのポイントは、天皇賞秋よりもはるかにレベルが高いこと。
天皇賞2着のステイゴールドが10着。天皇賞4着のサイレントハンターが14着だ。
また開催が進むにつれ馬場はタフになっているので、いくらサイレンススズカといえども簡単に勝てることはないだろう。

ここで勝ったか負けたかを語るのはあまりにも主観になってしまうので、ステイゴールドやサイレントハンターを物差しにしてみよう。

ステイゴールドとサイレントハンターのタイム差は天皇賞では0.5秒、ジャパンカップでは0.7秒と少し開いているけどおおよそ天皇賞と同じような力関係になっているのがわかる。

つまり天皇賞でサイレントハンターにつけたであろうタイム差が2秒3なので、ジャパンカップでもサイレントハンターに2秒3つけたとしたらどうなったか?ということで強引に結果を出してみたい。「まぁ、サイレントハンターとの差がジャパンカップになって急に縮まることはないよなぁ」という感じがするでしょ?

この視点からジャパンカップの結果を導き出すと・・・

サイレンススズカの走破タイムは2分25秒8になるので、1馬身差でサイレンススズカの勝利!ということになるのだ!!これもけっこう現実的な数字でありえそう。

とはいっても、エルコンドルパサーの競馬も変わってくるのであくまでも数字上では、という事だけどね。

蛯名さんは調教師になってからのインタビューで毎日王冠は「力負けとは思っていない」と語っていて「もう1度対戦していたら戦法は変わっていた?」という質問に対してはこう言っている。

もちろん!! 今度はサイレンススズカをぴったりマークだよ(笑)。いつでも動けるところにつけて運んだだろうね。そういう競馬をして、はたしてどんな結果になったか…。

netkeiba.comより引用

海外遠征をしていたら?

サイレンススズカが得意とする平坦な速い馬場で、左回りで、さらに直線の短い先行有利なアメリカの芝なら敵なしでは?ということでアメリカ遠征の話が持ち上がったようだけど、実際にどのレースを狙うのだろうか。最大目標をブリーダーズカップターフとしても、10月までのローテーションはどうするのか。

「8月のアーリントンミリオンを目指したのでは?」という意見もあるかもしれないが1999年はアーリントンパーク競馬場が改装のため開催されていない。

なので僕の妄想で勝手にローテーションを組ませてもらった。

  • 4月 大阪杯 G2 芝2000m
  • 6月 マンハッタンH G1 芝2000m
  • 9月 マンノウォーS G1 芝2200m
  • 10月 BCターフ G1 芝2400m
  • 12月 香港カップ G1 芝2000m

BCターフを最大目標に見据えアメリカで距離を延長していく作戦である。

マンハッタンHは馬場も良くヤグリが1分58秒48の好タイムで勝っているレースだが、サイレンススズカであれば遠征初戦をモノにするだろう。

遠征2戦目のマンノウォーSは重馬場になりヴァルズプリンスのタイムも2分16秒69かかっている点が気になるが、ギリギリ凌ぎ切ってくれるはずだ。

最大の難関はやはりBCターフで激突する世界の怪物デイラミの存在だろう。

果たしてサイレンススズカはデイラミに勝つ事ができたのだろうか。

デイラミ以外にも、前の年にBCターフを逃げ切ったバックスボーイの存在が厄介だ。
実際にこのレースでも1200m通過タイム1分10秒6のハイペースで逃げて3着に粘っている。

サイレンススズカを簡単に逃がしてしまうと危険なのはすでに知れ渡っているし、アメリカ代表の意地を見せようと逃げ勝負を挑んでくる可能性もある。

そしてデイラミの鞍上は名手ランフランコ・デットーリ。

ジャパンカップではフェイスフルサンに騎乗していて、その時すでにサイレンススズカの強さはイヤという程味わっている。しかしデイラミのラストランとなるレースで負けるわけにはいかないので、早めにまくってくるに違いない。

アメリカ王者の意地でバックスボーイがからんできて、デイラミが早めにまくってきた場合、さすがのサイレンススズカも苦しくなるだろう・・・。

ラストランは香港カップだ。

なぜならこの年から国際G1に昇格しているので、間違いなく初代王者を狙いにいくはずである。相手はジムアンドトニックになるけど大差をつけて有終の美を飾ったことだろう。

種牡馬としては成功したのか?

サイレンススズカの弟のラスカルスズカの種牡馬成績や姉のワキアオブスズカの産駒成績などを見ると頑張ってはいるものの大きな成果は出せていない。母父ミスワキも日本での活躍馬が目立たない。
同じ母父ミスワキのザッツザプレンティは繁殖牝馬に恵まれずすぐに種牡馬を引退してしまったし、ミスワキ産駒のマヤノメイビーも産駒はパッとしない状況である。

またサイレンススズカの走りの源は全身ゴムまりのような体の柔らかさとバネにあると思うので、印象でいうとトウカイテイオーのような、遺伝しにくい特別な才能な気がする。

こういったことから「種牡馬として大成功」というのは難しかったんじゃないかな、と個人的には思っている。

面白いのはデイラミやガリレオという海外の名馬も母父ミスワキで、サイレンススズカも海外のほうが種牡馬として活躍できたかもしれないし、実はヨーロッパの馬場でも良い走りが出来たのかもしれない。

まとめ

ということで、まとめるとサイレンススズカの天皇賞以降の成績はこのようになるね。

G1の勝利数は6勝になる計算である。

通算成績 22戦15勝 

天皇賞秋 1着 (オフサイドトラップ)

ジャパンカップ 1着 (エルコンドルパサー)

大阪杯 1着 (サイレントハンター)

マンハッタンハンデ 1着 (ヤグリ)

マンノウォーS 1着 (ヴァルズプリンス)

BCターフ 2着 (デイラミ)

香港カップ 1着 (ジムアンドトニック)

ふぅ。

まるでゲームのような嘘くさい戦績になってしまった。。

ここまで長い間、根拠のないファンタジーにお付き合い頂きありがとうございました。

サイレンススズカよ、永遠に!

3 COMMENTS

匿名

当時の大阪杯はG1ではなかったのでは?

ロージーライフ

宝塚記念の勝利を含めてG1勝利数は6勝という計算ですね★妄想の。

立原

嫌いな馬ではないけど過大評価されてると思う

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